診療日誌

トップページ 医院の場所 診療案内 耳鼻科の病気 医師略歴

 下の写真は医院を上空より撮影したものです。医院の周囲には畑があります。ここ石狩はまだ少し先に行けば牧草地の広がる地域です。


 平成17年5月27日(金)
 静かな5月27日です。ちょうど日本海海戦から100年の今日という日なのに、産経新聞の中に書籍の100周年記念の広告があるのみで、テレビも新聞も驚くほど静かです。もしこの海戦で敗れていたら、今住んでいるこの北海道の地はおそらくロシアの領土となっていたであろう、また今の自分もこの地で仕事をしているなんてことはないだろうと想像すると、まわりの静かさに寂しい気持ちになります。普段はあまり飲まない酒ですが、今日は一人で日本酒を飲んでおりました。まだ夜更けまで時間があるのでこれから三船敏郎主演の「日本海大海戦」のビデオを見ようと思います。

 平成17年1月1日(土)
 新しい年を迎えました。年末からの休みは寝正月です。一日中ほとんどパジャマのままで過ごしています。昨年リメークで作られた「白い巨塔」の総集編が放送されていましたが、本放送の時は私は見ていませんでした。本放送が行われていた時、患者さんの一人が、診察を終わりしなに唐突に、「先生も大学の医学部にいたときは『白い巨塔』の様だったんしょうか」と尋ねてきました。今回、この3回に編集された総集編を見ると同時に、昔の田宮二郎主演の再放送をビデオにとり、この寝正月の間に見ていました。唐沢の財前役は当初想像していたよりは違和感なく、彼のイメージトレーニングにおける手の動きは少し大袈裟でしたが、手術はやはりイメージトレーニングが大事だったと納得している自分でした。脇役に関しては太市喜和子が明らかに勝っていたように思えました。

 平成16年12月25日(土)
 この数日大掃除をしています。ここに転居してから3年半、年末の大掃除をずっとパスしていたため、私の部屋での動く場所がなくなり、ついにとりかかりました。貧乏症です。ものをなかなか捨てられない性分でどんどんものがたまっていました。雑巾をしぼり、シュレッダーに紙を放り込み、古い雑誌の類を束ねてゴミに出し、やっと私が動く場所が確保されてきました。医院のほうの私の部屋にも着手し、今の仕事にあまり関係のない雑誌類をだいぶん捨てました。
 私が家族の共有スペースを掃除することは皆無ですが、もともと掃除が嫌いというわけではありません。大学にいた頃、ゴミの山となっていた実験室を一人で掃除していました。医局長の頃だったと思います。他にだれもいない実験室で、カセットテープの音楽を大きくかけて雑巾がけをやっていました。頭がいろいろなもので飽和しているとき、単純作業に没頭し体を動かすことは気持ちのいいことでした。今回も大掃除に音楽をかけながらやっていました。昔のカセットテープが今はコンピュータに取り込んだmp3の音楽に変わっていますが。

 平成16年12月10日(金)
 耳鼻科の会議が東京であり、8日、9日と久しぶりに出かけてきました。代診を後輩の先生にお願いしたものの、あとで患者さんからクレームが来ることを覚悟しながら・・・。今まではいつも日帰りで往復しておりましたが、今回は水曜日の大学での学生実習の仕事もなかったため、泊まりがけで赴き、空いた時間を利用し、劇団四季の「南十字星」を見てきました。B級、C級戦犯の汚名を着せられた人々の無念を想いました。翌日の朝は3年ぶりに靖国神社でお参りしてきました。最近、隣国との貿易のためには、首相の参拝は中止すべきだという意見もありますが、私は反対です。そのような理不尽な外圧に屈してはならないと思います。目先の経済的利益のために大事なものを忘れ、祖国のために犠牲になった人間を貶めてはこの国の将来はないという思いを一層強くしております。冬の東京の空が好きです。9日は少し風が強く、会う人は「今日は寒い、寒い」と話していましたが、私には心地よい風でした。

 平成16年11月29日(月)
 今日一日ですっかり雪景色になってしまいました。寒い一日でした。駐車場のニセアカシアの樹は今年の台風で何本かの大きな枝がぽっきりと折れてしまったのですが、カラスが巣を作った枝だけは折れずに残り、葉が全て落ちた樹の中で妙に目立っています。2羽の雛が育っていたのですが、一羽は無事に巣立ち、一羽は死んでしまいました。死んでしまった雛についてはすこしばかりお話があるのですが、来年また同じようなことが起きるのもよくないので、時期をみて、今は住むものもいない巣を撤去しようと思っています。死んだ雛の話はいずれこの欄に載せたいと思います。

 平成16年5月12日(水)
 シラカンバの花粉が今年は大量飛散の様相を示しております。鼻炎も大変ですが、目のかゆみがきついようです。今年は諸種の雑用で余裕がなく、花粉飛散の予報はせず、飛散状況の報告も十分にできていない状態でした。
 駐車場のニセアカシアの樹の枝高く、カラスが巣を作ってしまいました。せっせと立派な巣を作っているのを半月前頃より双眼鏡で眺めておりました。数日前、「人を襲ったりしてあぶないのではないか」という意見が寄せられ、それもそうかと保健所、市役所に問い合わせたところ、鳥獣保護法の関係でみだりに撤去はできないとのこと、また人を襲ったという報告も今のところないのでそのまま見守るしかない、との返答でした。この返答には内心安堵しました。どうやら今は卵を温めているようですが、撤去もかわいそうだったので・・・。スタッフが院内に「刺激するようなことはせずに静かに見守ってください。」とういう文言と、「見守る人」のキャプション付きで職員のみんなの似顔絵を書いているのには思わず笑ってしまいました。

平成15年9月28日(日)
 9月の第1週にここ石狩市で行われたサーモンマラソンの完走賞が郵送されてきました。一般男子10km、128人中122位。大会前の1ヶ月くらい、夜に家の周りを走って少しばかり準備しておりましたが、さすがに疲れてしまいました。大会後1週間くらい足の痛い毎日でした。
 秋の花粉症のヨモギも終わり、今年の花粉症は終わりました。後半はなにやかやのせわしさでHPのupdateが滞ってしまいましたが、冷夏の影響か、今年のヨモギの花粉症は時期が早く始まり花粉飛散量も患者の症状も例年以上だったようです。
 北海道は今、マスコミに大学医局が叩かれています。そのこともあって、昨日は「日本の医療を問い直す」鈴木 厚 著;ちくま新書を読んでおりました。日本の医療は安い経費で高い水準を維持しており、世界的に見ても非常に優れているのはもっぱら医療側の過剰労働によって支えられていることを義憤をもって訴えております。この著者の主張の中身をわかりやすく紹介しているHPがありました。http://ml.mie.med.or.jp/iryou/flash.html 
日本医師会はどうしてこのような現状を新聞広告でもテレビのスポット広告でも流さないのでしょうか。一般の診療所にポスターなどを配布するよりよっぽど効果が大きいと思うのですが・・・ 

平成15年5月2日(金)
 シラカンバの今年の花粉飛散開始は石狩は4月27日、札幌は4月25日でした。4月12日に立てた予想より1日から2日早かったという結果でした。以前より何度か発表しておりますが、イチイの花粉飛散開始日から推測しているわけですが、今回は気象協会の桜の開花予報も併せて考慮させてもらいました。あまりおおはずれせずに済んでホッとしております。ただ気象は水物、来年はこうはあたらないかもしれません。飛散量に関しては、大学のM先生より北大での飛散数のメールが届き、比較的多く飛散しており、こちらのほうも予想と大きくははずれずに済むのではないかなと思っております。

平成15年4月16日(水)
 砂嵐の頃はどうなるかと思っていた西の戦争は山は越えたようです。知事選挙もいつのまにか終わりました。北海道は不況のまっただなかですが、明るい方向に道が開けることを祈っております。北海道が元気だったのは、ニシンの豊漁の頃と炭鉱が全盛だったころと考えています。ニシンの大漁も炭鉱も今はなくなりました。新しい産業が必要なのでしょうが、需要より供給が多いデフレの中ではそう簡単に突破口は見出せないのでないかと少し沈んだ気持ちだったのですが、先日読んだ「5年後こうなる」日下公人著 (PHP研究所) はひさびさに明るい気分にさせてくれる本でした。日本の将来を非常に楽観的に記述してくれております。グローバルスタンダードという言葉のまやかし、人と人との間の信頼を大切にする日本の文化への再評価、視点を少しずらしただけで明るいきざしがみえてくることがわかります。

平成15年4月14日(月)
 白樺花粉の飛散数予測について; 
 飛散数の予測はまだ完璧ではありません。昨年の予測とその結果を見れば、札幌発花粉情報で「平年並み」の予測を立てたものの実際は「平年より少なめ」でした。しかし、他の2つの施設では「平年より多め」の予測を立てていたのでまだ面目は保てているかと自らを慰めております。
 先日の道新には今年の花粉飛散予測に関して当方の「平年より多め」の予測と並列して、札幌医大の「平年並み」、道立衛生研の「平年より少なめ」の予測を掲載しておりました。患者さんにすれば、これだけそれぞれがまちまちの予測を立てられたら困惑を通り越して、予報そのものが意味をなさなくなってしまうのではないかと思ってしまいます。でもまあ傍からみれば、競馬の馬券みたいに少しは楽しめるかな、と今はむしろ当事者であることを忘れて第三者的な目で眺めている自分を発見しております。

 飛散開始日については今年初めてHPに記載いたしました。その記載の表現をみれば、私があまり自信がないのがわかると思います。フィンランドのトゥルク大学で話をしたとき、あちらでは「飛散開始日の予測はあまり益がないのでやめた」と言っておりました。予測があたらないのでやめたのか、予測をしてもあまり得ることがないからやめたのかまでは聞きませんでしたが(言ったかもしれないが私が向こうの英語を聞き取れなかった?)、これも競馬の馬券のような楽しみを与えてくれるかもしれないと思って敢えて今回掲載しました。

平成15年2月22日(土)
 医院のDVDビデオの再生機が壊れました。待ち時間の子供たちにドラエモン、トムとジェリーなどのDVDを見せるために開院の時に購入したものです。まだ2年になりません。新品を買うのとほぼ同じ値段の修理代、1万4000円を払い、なおしてもらいました。これで捨てられるにはあまりにかわいそうでしたので・・・。子供の頃、映りがわるくなった白黒テレビを真空管を何度も交換して修理していたことを思い出してしまいました。

平成15年2月14日(金)
 先日、ホームページを見たという雑誌社から電話がきました。「今年は今までで2番目にシラカンバの飛散が多いとの予想ですが・・・」。あまり考えてもいなかったのですが、言われてみればそのとおり。計算上そうなるのですが、あらためて聞かれると少し困惑、「あくまでも予想ですから・・・。」少し弱気になります。雪の中のシラカンバの枝の先の雄性花序(ツボミ)をしげしげと眺めてきました。そんなにたくさんのツボミがあるようにも見えないし、大きくもないかもしれないな、とまた不安が頭をもたげます。予報というのは難しいもの、あたって当然、あたらなきゃどんな批判をされても沈黙のみ、天気予報官のつらさがしみじみと理解できます。


平成15年2月3日(月)
 今の時期は花粉症もなく、通年性のアレルギーの患者さんの症状も落ち着いておりますが、かわりにインフルエンザが猛威を振るっております。迅速測定キット、タミフル、リレンザのおかげで診療する側にとっては格段に楽になっております。とはいっても「タミフルを飲んでも熱が全然下がらない」という電話が舞い込みます。アンヒバ、カロナールの追加投与と一般的な処置しか指示できない、という状態には若干忸怩たる思いです。ニュースで先日「今年のインフルエンザによる脳炎の死亡例はみなボルタレンなどは使用していなかった」と報道されましたが、結局、ボルタレンは悪さをしているのかしていないのか、その結論には関してはもう少し時間が必要なのかもしれません。

平成14年9月2日(月)

 1週間前よりヨモギの花粉が飛び始めています。ヨモギ花粉症の患者さんの受診が目立ってきました。山道にもヨモギの花が咲いていました。

 

 昨日、北大前にある山の道具屋の「秀岳荘」に立ち寄り、衝動的にトレッキングシューズを買ってしまいました。買ってしまうとすぐに足に慣らしたい衝動を抑えきれず急遽午後から小樽の塩谷丸山に向かいました。半日で登れる山ということで選んだのですが、高速道を飛ばし、2時半頃より登りはじめました。家族登山向きとは云っても、寄る年波には勝てず、ぜーぜー、はーは−、喘息患者の苦しみが身にしみてわかるような苦しい山行でした。大学時代は北海道の山は結構登ったのですが、この十数年、山とは無縁の生活をしていました。下りの道の夕暮れは秋の気配でした。汗でびっしょりのシャツ、ポリタンクの水のおいしさ、久しぶりの爽快感を思い出してしまいます。降りてきて登山靴を脱ぐと予想通り両足に靴擦れを起こして水ぶくれができておりました。次に登るには2週間くらいあけたほうがいいかなと楽しく計算しております。

 

平成14年6月19日(水)

 この半月あまり花粉飛散状況の更新をできませんでした。途中風邪をひいて体調を崩していたという言い訳もできますが、本当の理由はワールドカップのためです。

 昨日はトルコに負け、少しばかり虚脱状態です。ドーハの時ほど重症ではありませんが・・・・。

 生きている限り日本のチームには縁のないと思っていたワールドカップで勝ちを取れるチームになったんだ、ロシアに勝てたんだと今は無理やり自分を慰めております。いつか隠居したとき、日本のチームを応援に外国まででかけたいと夢見ております。

 70年代の流行歌を聞きながら、今日はたまっていた花粉のプレパラートを見ておりました。日常生活がもどってきました。

 

平成14年4月24日(水)

 例年より早く、数日前よりシラカンバの本格的飛散が開始になりました。患者さんもほぼその時期より症状が発症しています。医院の屋上での花粉飛散測定はすぐにできるので快適です。前日までの花粉飛散をすぐにプリントして患者さんに渡すことができます。逆に北大医学部屋上の計測はなかなか時間が取れず難しい状況です。余裕のできたときにプレパラートをこちらに持ってきてカウントすることになりそうです。そういうわけで「札幌発花粉飛散情報」のほうでのリアルタイムの公表はちょっと困難かと考えています。

 3月よりこの医院のホームページをso-netから、ホスティングサービスのほうへ移行しました。なるべく短い名前にしようと考えiwan.jpにしました。いしかりわんの i とwanです。イワンといえば、イワンの馬鹿、イワン雷帝などが連想されます。覚えやすいかと思って、結構気に入っています。

 

11月14日(水)

 体がだるくどうも風邪をひいたようです。セーターを着込んで夜は本を読んでおりました。この数年の勤務医時代、忙しさと精神的余裕のなさで本を読むペースがずいぶん落ちていましたが、最近やっとこの田舎の生活の中で心に少しばかり安寧が訪れたせいか以前のように本を読めるようになってきました。

 私の長女は可那子という名前ですが、この名前に関しては娘からよく反発を受けておりました。「どうして子なんてつけたの?、そんな名前は嫌だ」と。そのたびに「いい名前だろう、”那辺へ行くとも可なり”という意味で頭を絞ってつけたんだぞ」と言っていたものの納得してはいない様子でした。先週本屋をぶらぶら眺めていたら面白い題名の本を見つけました。『<子>のつく名前の女の子は頭がいい』(金原克範著 洋泉社 700円)。この本の表紙を娘に見せると笑い出し、そのあとまんざらでもない表情をしておりました。内容はまともな社会学的研究で、子の付く名前を付ける家庭は保守的であるという前提を掲げ、社会の中での女性集団間の比較を子のつく名前の比率で検討し、保守的な環境で育てられるという要因が子供に与える影響を分析したものです。

 学生時代はその筋の運動には無縁であったものの、中国語を勉強し、毛沢東語録を読み、人民帽をかぶっていた自分ですが、どうも長女が生まれるころにはもう考え方が保守的になっていたのかなといまさらながら気づいております。

 

10月1日(月)

 10月になりました。月はじめはレセプト(診療報酬明細書)の提出のため、毎月医院の職員みんな残業、事務作業を分担で行います。今回は昨日の日曜日に点検作業をコンピュータの画面上で行ったこともあり、朝に印刷、日中に空き時間で書類作成、その結果診療時間後1時間もたたないうちにみな作業が終わってしまいました。家族持ちの職員は「ああよかった」という一方で若い職員は「残業代がつかないよ」とのたまわっております。あまりのあっけなさで私も少し拍子抜けでした。これも現在使用している電子カルテソフトの「Dynamics」のおかげと思っております。もともとは紙カルテ不要の電子カルテシステムなのですが、個人的には紙のカルテをなくすことに抵抗感があり、そのレセコン機能だけを使っております。

 開業にあたり事務のシステムをどうしようかと考えましたが、レセコンを買わずにこのシステムを採用しました。値段が安かったのが最大の理由です。一般のレセコンが保険請求の複雑さをいいことに、医者の足元をみたような、貧弱なコンピュータと高い値段、保守料をとっていることにどうにも納得できませんでした。

 

9月9日(日)

 開院以来どさくさの中で梱包を解いていなかった顕微鏡を数日前やっと机の上に開き組み立てました。本当はNikonの顕微鏡が欲しかったのですが予算の関係もありオリンパスの顕微鏡を開院時に買っておりました。4月以来、ダーラム型花粉捕集器でここ石狩でも花粉のプレパラートを毎日取り替えておりますが、今まで全くみておりませんでした。秋のヨモギ花粉が少しは飛んでいるかなとこの数日観察し数をかぞえていましたが、予想に反しその多さに驚いています。北大屋上の花粉も一緒に数えていますが、その数は比べ物になりません。両者の飛散時期はまったく同じですが、その数に関しては石狩は北大の約20倍の飛散量です。今まで北大での観察では数が少なくあまり気にしていなかったヨモギ以外の花粉も3から4種類ほど区別されるかなと考えております。また、もうとっくに飛散終了と考えていたイネ科の花粉もたくさん飛散しており、すこし考えを訂正しなければと思っております。いずれそのうち秋の花粉飛散に関して整理したいと考えております。

 

8月15日(水)

 医者になって初めてお盆休みというものをとりました。北海道に祖先の墓はなく、お墓参りには無縁の生活を送ってきました。しかしながら・・・

 今年の2月、東京に出たときに初めて靖国神社にお参りしてきました。乾いた空気の中にたたずんでいる、司馬遼太郎が「花神」で描いた大村益次郎の銅像が印象的でした。

 この数日間、テレビ、新聞の報道には少し関心をもっておりました。首相が15日靖国神社への参拝を避けたのは残念な気持ちです。また隣国で日本の国旗に×がつけられたり、燃やされたりするのをみると怒りだけを感じます。数年前、学会の発表で韓国に行ったことがあります。日本に何年か住んだことのあるという焼肉屋の親父さんは骨付きカルビをみずから焼いてくれながら日本語で人懐っこく話しこんでくれました。silent majorityがいることを信じられなければ、心穏やかにすることはできません。

 

7月28日(土)

 患者さんのカルテ整理の使っているコンピュータのトラブル、7月はじめまでは結構頻繁にあったのですが2週間前からまったくなくなりました。そのせいかやっと気持ちに余裕が持てるようになりました。

 花粉症もほぼ終わり、現在アレルギー性鼻炎で受診している患者さんの多くはダニ(ハウスダスト)が原因です。アレルギーの原因の検査には一般には血液を採取して血清中のアレルギーの抗体量(特異的IgE量)を測定しますが、現在当院では、前回のトラブルのせいもありますが、皮膚反応試験を多く行うようにしております。一般にスクラッチテストと呼ばれる方法です。大学でアレルギー外来を一人でやっていたころよく行っていた方法です。腕に少し傷をつけ検査試薬を1滴垂らし15分後に判定します。針を刺すわけではないので小さな子供でも泣かせず検査することができます。短時間で判定できるため、初診の患者さんにもすぐ説明ができ改めてこの検査の有用性を思い知らされております。加えてRASTに比べ4分の1程度の検査料のため患者さんへの負担が軽いのも大きな特徴です。

 

6月27日(水)

 ヨドバシカメラに行って、安いレコードプレーヤーを買ってきました。埃のかぶったLPをやおら取り出しセッティングしていると、中学1年の息子が「これがレコードというものなの?」、高校1年の息子は「わりといい音するじゃない」。竹内まりあの最初のアルバム「ビギニング」を聞いて遠い昔を懐かしんでいます。どうも年をとったようです。古いものへの郷愁がつのります。

 天気が良くなってまた花粉症の患者さんが医院に多く訪れるようになっています。今はイネ科の花粉の最盛期です。2日前、発症時期から間違いなくイネ科花粉症と思っていた患者さんの血清の検査でカモガヤが0(陰性)の結果が返ってきました。どうにも納得できずプリックテストをおこなったところやはりカモガヤが陽性でした。血清の取り違えも考え、検査会社へ電話をしたところ、「RASTはこのメーカーの試薬は使ってくれるな」と念を押していたA社の試薬を間違って使っておりました。測定では試薬の選択が重要なことを再認識させられました。

 

6月13日(水)

 この数日は久しぶりの雨でした。水を欲しがっていた植物、樹木には恵みの雨だったようです。花粉の飛散もほとんどなく、花粉症患者さんにもありがたい天気だったかもしれません。

 今年はシラカンバの花粉の量は昨年に比べ少なかったのですが、5月の後半から咳がひどいシラカンバ花粉症患者が多かった印象をもっています。いわゆる花粉喘息と考えています。スウェーデンのSabina Rak博士(恰幅の良い女医さんです)の過去の研究で、シラカンバ花粉症患者は花粉飛散の後半期に気道の過敏性が高まると報告しています。スウェーデンと同じことが北海道の花粉症患者にも起こっているものと思われます。治療は?・・・スウェーデンのその報告では前もっての減感作療法が有効となっていましたが、日本では諸般の事情で別の治療法を選択せざるをえません。

 

6月10日(日)

 カモガヤを代表とするイネ科の花粉症患者さんの受診が増えてきました。時間が取れず1週間ほど未調査の花粉飛散状況、今日、大学に行って顕微鏡をのぞいてきました。シラカンバの花粉はほぼ終息のようですが、同じ抗原性を持つコナラ属(ミズナラが代表、どんぐりをつくる樹木)の花粉が飛散しております。シラカンバ花粉症の患者さんはもう少し花粉症の症状が続くかもしれません。6月にはいって、予想通りイネ科の花粉飛散が少し多くなってきました。

 大学祭をやっていました。学生の頃は、大学祭はいつも春山合宿でした。祭りの後片付けの頃に学部の部室に到着、夜のビアパーティだけ参加というパターンでした。

 花粉を見たあと、医局員に今日は医局対抗の野球があると知らされ、サッカーユニフォームにグラブを片手に雁木まで行ってきました。妻からは、「若い先生もいるだろうに、そんな年になってまだやるの。アキレス腱だけはきらないように」。小雨と三振と敗戦。

 久しぶりの雨。医院の前の植栽の葉が枯れかけていたので恵みの雨かと思っています。2日おきに水撒きが必要といわれていてもつい忘れがちな毎日でした。

 

6月8日(金)

    開業して2週間が過ぎました。2日に1回は機嫌の悪くなったコンピュータ(アクセスベースの電子カルテdynamicsを使用)も今日は特に問題はおきず素直でした。

    開業前後のどたばたもここにきて少し落ち着いてきました。患者のとぎれたひまな時間に今日は細菌検査の感受性テストにどの組み合わせがいいのか考えていました。耳鼻科領域の感染症の場合、耐性肺炎球菌、インフルエンザ菌が問題になっております。今後、当地における中耳炎、副鼻腔炎などの起炎菌と耐性菌出現の頻度などをまとめたいと思っています。

 昨日は耳鼻科医の小さな集まりがありましたが、咳を主訴にする患者さんが多いと話題になりました。いわゆる咳喘息、アトピー咳嗽などが問題になっていますが、このような疾患に対して、耳鼻科医がどのようにかかわっていけばよいのか、今後検討しましょうということになりました。

xxxxx

 

 

トップページへ